金子みすゞの童謡集。みすゞさんの詩を通してこどものころの自分に会いに行きませんか。

はじめに

金子みすゞさんの童謡をいくつか紹介します。大人になるにしたがって忘れてしまう、こどものころの不思議やわくわく、空想を思い出してみませんか。

最近、筆者の姪が芋ほりをしたようです。そのときの写真を姉から見せてもらいました。自分が小学生だったときの土のにおいとかダンゴムシのわくわくのようなものを久しぶりに思い出しました。自分が小さなときに感じた不思議や子どもだったことを忘れないでいたいなと思います。

金子みすゞさんの生い立ち

金子みすゞ(本名 金子テル)さんは1903年4月11日、山口県の大津郡先崎通村(現在の長門市先崎)にて生まれました。仙崎は日本海に面した小さな漁師村です。

金子家は、父母、兄、弟、祖母、みすゞさんの六人家族でした。しかしみすゞさんが二歳の時に父が亡くなり、生まれて間もない弟は下関の本屋を経営する親類の家にもらわれていきました。この親類は母親の妹がお嫁に行った先で、その家族に子どもがいなかったからです。

父のいなくなった金子家は小さな本屋さんを始めました。母はとても働き者で優しい人だったそうです。立ち読みする子供に怒るどころか、むしろ本を読む子はえらいねと、ほめるような人でした。

そんな母に育てられたみすゞさんは小さいころから本が大好きだったようです。女学生時代の彼女は成績が優秀でおとなしく、誰にでも優しい人であったそうです。

学芸会の時には、先生に対してじぶんでつくったお話をしたいといったそうです。当日、みすゞさんは先生や全校生徒の前で、今作ったばかりのお話ですといって話をしました。

内容は夜中におもちゃばこがひっくり返って、人形が転がり出て、何かをするというものです。原稿も見ず、すらすらとお話をしたようです。

女学校卒業後、兄の結婚を機に、下関の親類の家に行くことになりました。彼女は親類の家の本屋の支店の一つのたった一人の店番として働き始めました。仙崎の本屋よりはきっとたくさん新しい本があったことでしょう。自分の好きなように本や雑誌を並び替え誰よりも早く本を手に取ることができる楽園だったことでしょう。

詩が載った雑誌にはすべて目を通しており、西城八十(さいじょうやそ)の童謡に特に心躍らせたようです。彼女が二十歳の時、六月のはじめ、初めて書いた童謡を八十が選をしている、雑誌『童話』に投稿しました。はじめて書いて、はじめて投稿した童話、「お魚」と「打出の小づち」は、1923年『童話』九月号に掲載されました。

これを皮切りに九月号から翌年の六月号までのわずか10か月の間に23編の童謡が選ばれました。彼女のやさしく、人の心の奥深くを見つめた童謡は多くの人の心をとらえたのです。

1926年、23歳のとき彼女は結婚しますが、夫との結婚生活は上手くいきませんでした。夫は遊郭で遊び惚けていた上、みすゞさんに詩作を禁じました。さらには夫から遊郭からの病気を移され、離婚するなど壮絶な結婚生活を送りました。最終的には前夫から最愛の娘を奪われないため1930年3月10日、26歳の若さで自死の道を選びました。

その後、養子に出されていたみすゞさんの弟たちが1984年遺稿集の出版を行うなど、現在まで彼女の詩集は伝えられています。この姉弟の話はなんたんさんが詳しく書かれているのでぜひ読んでください。すごく興味深いお話でした。

金子みすゞさんの童謡ピックアップ

それでは金子みすゞさんの童謡をピックアップして紹介します。

わたしと小鳥とすずと

梅の枝に止まるメジロ(野鳥)
わたしと小鳥とすずと

わたしが両手をひろげても

お空はちっともとべないが

とべる小鳥はわたしのように

地べたをはやくは走れない

わたしがからだをゆすっても

きれいな音はでないけど

あの鳴るすずはわたしのように

たくさんなうたは知らないよ

すずと小鳥とそれからわたし

みんなちがってみんないい

はじめに紹介するのは金子みすゞさんの代表作ともいえる「わたしと小鳥とすずと」です。最後の二行「すずと小鳥とそれからわたし、みんな違ってみんな良い」という優しくあたたかな文章が書けるみすゞさんを心から敬服します。たったの二文で表現の幅の大きさを知らされました。生きとし生けるもの、地球上のすべてのものを包み込むような大きな愛を感じます。

筆者は小学生のときにはじめてこの詩に出会いましたが、この詩に関してはなぜか暗唱していました。某CMの効果もあったのでしょうが、小学生の自分なりになにか大切なことを言っていることが分かったのかもしれません。日常を生きる私はこのことを忘れず生きていたいものです。

ふしぎ

なにか嫌なことがあると不思議なポーズで黙る先輩
ふしぎ

 

わたしはふしぎでたまらない

黒い雲から降る雨が

銀に光っていることが

 

わたしはふしぎでたまらない

青いくわの葉食べている

かいこが白くなることが

 

わたしはふしぎでたまらない

だれもいじらぬ夕顔が

ひとりでぱらりと開くのが

 

わたしはふしぎでたまらない

だれにきいてもわらってて

当たり前だということが

「わたしはふしぎでたまらない」のフレーズと七五七五の調べが本当に美しいです。淡々としているようで、最後にはハッとさせられる秀逸な作品です。彼女の目に映る世界は不思議がいっぱいで光輝いていることでしょう。身近ななぜを見つける目を私自身も養っていきたいです。それがきっと活力へつながるような気がします。

この作品と出会ったとき、私は小学生の時に家族の前で発表した1/3の大発見を思い出しました。

その発見というのは

(1/3)×3= 1 ですが(1/3)に関しては

(1/3)= 0.333333… と表すこともできるはずです。

つまり(1/3)×3= 0.3333…+ 0.3333…+ 0.3333…= 0.9999…. となり実は限りなく1だけど1ではない。という発見でした。

しかしこの話をしたときの家族の冷ややかな反応ときたら...笑。あっそ。みたいな感じでした笑。

さすがに自分も年を取ってこの話に興奮をすることはありませんが、あのときの、大発見の喜びを人に伝えることができないもどかしさや自分しか知らない宝物を見つけたときの高揚感のようなものを生涯忘れることはないでしょう。

こだまでしょうか

どこへ行くときもクマのぬいぐるみと一緒
こだまでしょうか

 

「遊ぼう」っていうと

「遊ぼう」っていう

 

「ばか」っていうと

「ばか」っていう

 

「もう遊ばない」っていうと

「遊ばない」っていう

 

そうしてあとで

さみしくなって

 

「ごめんね」っていうと

「ごめんね」っていう

 

こだまでしょうか

いいえだれでも

お次の詩は、某CMで有名になった「こだまでしょうか」です。声に出して読むとリズムが気持ちいいですね。詩の内容もシンプルで一つの物語を読んでいるような感覚があります。

他者は自分を映す鏡であるとよく言われますが、わたしたち自身が生活の中で、できることは私たち自身が変わることだけです。相手の気持ちや環境を変えることはなかなかできません。複雑に見える人間関係も実はできることは少なくて、自分が変わっていくしかないんだなと痛感させられます。そういったシンプルな見方をこの詩から私は読み取りました。

シンプルにいきましょう。

みんなを好きに

四葉のクローバーと手
みんなを好きに

 

わたしは好きになりたいな

何でもかんでもみいんな

 

ねぎもトマトもお魚も

残らず好きになりたいな

 

うちのおかずはみいんな

母さまがおつくりなったもの

 

わたしは好きになりたいな

誰でもかれでもみいんな

 

お医者さんでもカラスでも

残らず好きになりたいな

 

世界のものはみいんな

神さまがおつくりなったもの

これは読む人によって様々な読み方になるかと思います。詩の面白さを凝縮したような内容です。

「みんな」を「みいんな」としていることから幼い印象を持った人もいるかもしれません。「世の中にそんな甘い話ないぜ」と大人の疲れ切った笑みをのぞかせる人もいるかもしれません笑。私もその一人です笑。ただよく考えてみると子どものときって世界に対してこういったキラキラがあったように思います。よくある表現をすれば希望や夢のような。

みすゞさんの世の中に対する優しい祈りのようなものを私は感じました。ネギやトマト、魚を好きになるように、生きとし生けるものを大切にして生きていきたいです。それが自分や自分の周りの人を大切にするヒントになるかもしれません。

おかし

おかし

 

いたずらに一つかくした

弟のおかし

食べるもんかと思ってて

食べてしまった

一つのおかし

 

母さんが二つっていったら

どうしよう

 

おいてみて

とってみてまたおいてみて

それでも弟が来ないから

食べてしまった

二つ目のおかし

 

にがいおかし

かなしいおかし

 

兄弟、姉妹がいる人はあるあるかもしれません。私は兄との昔を思い出してクスッときました笑。

子どものときはどうしてお菓子があんなに魅力的に見えたのでしょうか(もちろんいまも魅力的ですが)

自分でお金を稼ぐと自分が満足するまで好きなお菓子を買うことができます。一方、子どもは親からお菓子の量は制限されます。筆者の家ではお菓子は基本的に兄と半分こなので自分が食べられなかった半分がすごく魅力的に見えました。

この詩は人間、とくに子ども時代の心の動きをリアルに描写しています。食べまいと決心したのに我慢できなかった。そのため「母さんが二つって言ったらどうしよう」と自分の罪の発覚を恐れ、何か手はないかと思案する。

しかしもう一つあればそれも欲しくなるもので結局それを食べてしまい、お菓子が苦く悲しいものに感じてしまう。人間の葛藤や後悔、浅はかさをここまで端的に表現できるなんて…。すごすぎてそれを表現できない私の勉強不足がもどかしいです。

大漁

大漁

 

朝焼け小焼けだ

大漁だ

オオバいわしの

大漁だ

 

浜は祭りの

ようだけど

海の中では

何万の

いわしの弔い

するだろう

お次は少しドキッとさせられる作品です。前半の活気あふれる描写から後半の海の中での悲しみへと急転直下します。淡々とテンポよく視点が切り替わるので読みやすく、だからこそ後半で驚かされました。

「いわしの弔い」いい言葉だなと思います。そこにあったものがぽっかりと空白になってしまったような虚無感をひしひしと感じます。

今日も食べ物に感謝していただきます。

参考資料

金子みすゞ 著 「金子みすゞ童謡集 わたしと小鳥とすずと」JULA出版局

金子みすゞ記念館

https://www.city.nagato.yamaguchi.jp/site/misuzu/1050.html

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